読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

しらべない

<芸術は長く、人生は短い(Ars Longa, vita brevis)>

研究日誌じゃない2017/01/09

スマホ日記も久しぶり。年も開けた。年始に同行した人から聞いたり、そのほかに考えたことをメモしておく。

  • ブログを読まれたいならテーマに沿って書くとかタイトル工夫するとか、役立つための視点を持つ
  • 蓄積は力になる。とくにブログでは。
  • 自分が一番の読者であると思って検索で遡れるようにすることを意識すると良い

なるほどね。

ブロガーになりたいことはないが、やる意味があるかどうかでいうと、研究日誌日記はやる意味が感じられないようになってきた。もすこしまともに書くのも良いかもしれない。ドメイン取って有料プランでやってるなら。

 

あと、関係ないが、久しぶりにフェイスブックアプリを削除した。理由は、スマホが重くなるからがメイン。16GBしかないのに、700MBとかになつてきて、それを軽くするのにいれなおしたり四苦八苦とか面倒である。

伴って、人のつぶやきが若干ノイジーに感じてきたのでまた退行のシーズンとする。俺にとって、人のつぶやきは基本嫉妬なので見ないに越したことはない。気にしすぎてしまう。人が起点になったり、モチベーションは達成でなくパワーばかりでもなく、つくづく親和動機が強いなと思うがしょうがない心性というものもある。

そんなで、いろいろ曲がり角にいる。シャープにスリムにしていきたいフェーズなので、研究も進まない状況にある。潜る時かもしれない。

研究日誌2016/11/14

講義で関西系グルダイ学派の論文を元にアクションリサーチについて考える。

いい議論ができた。実務家だからこそ出来る研究について考えることになった。量的なリサーチの手堅い誘惑に惹かれるが、特権的にアクセス出来るフィールドがあるからこそ出来る研究というのもあるかもしれない。まあマスターなどせいぜい2年だから、なにかフォーカスしてやらないといけないのだろうなと思ってもいる。

研究テーマが戦略とポジショニング的になりすぎるとつまらないし力もこもらないのかなあとも思う。そういうのが向いている領域もあるだろうが、適度にずらさないと予定調和的でもあるのでインパクトがでなかったり。ま、アウトプットで問うしかないのな。

 

ラディカル質的心理学―アクションリサーチ入門

ラディカル質的心理学―アクションリサーチ入門

 

 

 

とぎれとぎれ

研究日誌がかけてないのは研究してないから。迷い中である。が、少し考えて、決めてから走るのでなくとりあえずやってみるでないと、これは打開できそうにないと感じた。大きな枠はある。であれば、そこをつめていくしかない。その後のことは、そのあとで考えれば良い。
この前呟いたのだが、人生プランドハプンスタンスでやってきてそれを実感している。計算は仕切れない。考えきったら、あとはやってみてやり続けるだけである。経験学習というが、それはトライがベースになくては経験にもならない。鬼速鬼速。なんか、キャッチーなワードになれば売れんのかよ感がある本をKindleで買っちまったが、これも読んだりしながらやってみたい。

鬼速PDCA

鬼速PDCA