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しらべない

<芸術は長く、人生は短い(Ars Longa, vita brevis)>

タイトルを変更。そして正解主義について思うこと

最近影響をうけた「死を思う」をそのまま書くと、印象としてはきついので、裏返したりしてカルペ・ディエムと書いていたが、やっぱり究極的な行き先の死ということを、ちょっとずつは考えていこうという思いでメメント・モリを追記した。対比的で、システム思想的(前野)であるのでいい解決であるかな。

不思議なもので、有限性を意識すると、ものの見方が変わるものだと思う。メタ思考とか複眼的思考も推し進む気がする。多少は、自分の自我からはなれて俯瞰的になれるようにも思う。


関連があるかはわからないが、多くの人がもっともらしいと思う意見を探そうとか、正解主義は控えていきたいものだと思った。正解を探してミートさせようというよりは、そう思う根拠をもって、思い切りスイングすること。根拠がないのならば、真剣さが足りないか、どうでもいいと思っているか、だ。たいていはどうでも良いと思っているので、これはこれでこまったものだが。

脱線ついでに、感覚的な言葉が多いことを強みには出来ないものかととみに思う。右脳的といえば聞こえはいいが、感覚で進めようとすると、論理的な人とは衝突し、それは主にビジネスに於いては不利であることが多いものだなと思う。

でも。
いろいろあるけど、最近は開き直っている。ダメなところはいくらでもある。ましなところもきっと少しはある。改善をあきらめるわけではないが、なにしろ、スイングをすることがもっとも大事なのだから、フォームが縮こまってしまうことが一番いけないことだ。空気読みを否定はせず、行動は大胆に、とかく批判は敵も身内も関係なく出てくる。批判と言わず建設的な意見でもなんでもいい方は良いが、とにかく耳障りの悪い、足を止めようとすることは毎日のようにあるだろう。


人に対する価値判断はなるべく挟まず、心の望んでいることにシンプルに従えるような強さを宿すこと。それが、なにやらリーダーシップというものに繋がっている気がしてやまない。伊賀さんの本から受けた印象でもあった。

採用基準

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肝心の講義についての感想などもあるんだけど、ちょっと初回はしっかりと考えてやりたいので眠くないときに…