しらべない

<芸術は長く、人生は短い(Ars Longa, vita brevis)>

ダンス・ダンス・ダンスを再読

なかなか仕事のことを書けない。だけど、それはあきらめて読書感想文でも書く。
出来る事をやるしかないのだ。まさにダンスのステップを踏み続けるのだ。
自分の尊敬する、広告代理店のストラテジック・プランナーの人も踊り続けるんだ、と言っていた。

最近、小説を読むようにしている。と、いっても、たいしてバリエーションはない。
勧められた藤原伊織に、井戸田潤ロスジェネに、家にあった春樹の小説くらいだ。
以前読んだのはいつ頃だったろうか。
春樹を読んで同じ大学の同じ学部に進学したのに、高校時代に読んだ記憶が無い。

再読すると、悲しい小説だった。
主人公はなんと34歳だった。

34歳。なんてリアイティだ。今の自分とほぼ変わらない。
以前に感じられなかったものが、ありありと感じられる。
なにかを損ない続け、残ったもので現実に折り合いをつけていくこと。

小説では、象徴的に、人の死によってそれが書かれている。
この本は、喪失からの獲得ではない。ある意味で、ノルウェイの森
不確かな結末ではあったにせよ、なにかを取り戻すようで、再生の物語ともとれる。

ダンス・ダンス・ダンスは、あるものを愛でようと、やっと決めたのに、
それが、あいまいで不確かなものである現実の残酷さを知らされる。
成長や獲得ではなくて、喪失こそが人生だ、と。まるで寺山修司じゃないか。

すべては無であり空、それは前野先生の本で知り、考えたことだった。
だが、執着をあきらめ、受容することに染まり切ることも出来ず、
あがくことが人生の本質であることもまた感じる。
なにかをあきらめるしかないのだけど、一方で、求めなくてはならない。
最初からあきらめても、求めてばかりでもいけない。
ふしぎだ。

それにしても、小説を読むスピードが早くなったように思う。
それは、もしかしたら、物事を咀嚼する力が高まったというよりは、
ディテールに意識を向けられなくなったということかもしれない。

力がついたようにも思うし、損なったようにも思う。
とりあえず、そうやって生きていくしかない。
タンタンと。

タンタンと―佐内正史写真集 (ハイリスク・エディション)

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