読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

しらべない

<芸術は長く、人生は短い(Ars Longa, vita brevis)>

『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』を読了

読書

4/25追記

トピックに含まれるか知らないけれど、トピック「村上春樹新作」 - はてなブログ春樹新作が、はてなブログのトピックのテーマだったので、生成されるリンクを貼り付けてみむ。

トピック「村上春樹」について

………

週末に時間がとれたので、4月12日に発売した村上春樹の新作小説、『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』を読んだ。

色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年

色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年


1Q84のように巨編でなく、中編作でリズムよく読み通せた。そしてとても良い作品だった。個人的なベストは長らく『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』だったのだが、最近読み返してみて、いまの気持ちとはそぐなわないように思っていて、なんだかハルキ卒業かなと思っていたところだった。この作品には思い入れを持ってまた再び手にとることがありそうな気がしている。

設定が、自分の生い立ちににていて、共感を持って読めたことが一番にある。

愛知県名古屋市郊外の高校(自分は市は違えど名古屋中心カルチャーの愛知県)、主人公の団塊ジュニアという年齢状況(自分も同じ)、地縁が強固過ぎる愛知県ゆえに、そこから一度飛び出してみたいという思い(正確には作品では異なったモチベーションだけど)、そんなところから、自分の高校時代も重ねあわせて読んだ。全く同じでないにせよ、高校時代に生まれる奇跡のような友人関係というのは、自分にも似た経験があった。そして、それが時の流れによって損なわれてしまうことも、少なからず共感し心を動かされた。

まるで自分が空の容器であるというような自己認識、得たものは必ず損なわれてしまうというようなオブセッション、ひとつ間違えば、青年期のイタイ中二病的な感情だが、リアリティがあった。喪失により、青年期にまるで違ったような人間に生まれ変わるような体験、似たような過程は、これまたどんな人にもあるように思う。ビルドゥングスロマンとはちょっと違うけど、神話にも似た人間の業に迫るモチーフが彼の作品を世界文学(近頃流行りのワードの様子)足らしめているのだろう。*1


村上春樹のいろいろな作品に一貫して流れる、善と悪の人間の二面性、理性を超えた欲望の存在、それらがマジックリアリズム的な描写で描かれる。ある意味、安定した村上春樹世界観が今作にもあった。
マジックリアリズム - Wikipedia

ただ、1Q84以降からだろうか、描写の冗長さは抑えられ、より人間の芯に寄り添ったような感情の機微を描くミニマルスタイルが心地良い。ミニマルな文体がストーリーに相まって、良き読書体験を促してくれる。佳作、と呼ぶべき作品だった。

村上文学を解題する講座を企画するのをいつかしてみたいと思った。加藤典洋内田樹柴田元幸沼野充義、都甲幸治、すでにいろんな大御所が春樹解題をしているけれど。なんといっても河合隼雄による臨床心理学からの作品分析が最大のゼイタクだろうな。もう叶わないから。

おまけ:読書に良いカフェ

日曜日に日本橋馬喰町のカフェ「ISMY(イズマイ)」に立ち寄ってそこにて読了。そこそこ混んでいて、一人がけの端っこの椅子ではあったけれど、コーヒーが濃くて美味しく、良い読書体験を助けてくれた。

ismy

食べログismy


http://instagram.com/p/YE1uoNLRIL/

*1:グローバル化というキーワードがビジネスではもう耳タコなんだが、文学の世界もそれなりに呼応している。都甲幸治『21世紀の世界文学30冊を読む』などを読むと面白い。ピンチョンやバーズともまた違う、もはやポストモダン小説とも呼べないようなジュノ・ディアスの小説などを紹介している