しらべない

<芸術は長く、人生は短い(Ars Longa, vita brevis)>

エネルギーが出てこない日

そういう日もある。というのはあたまのなかで知っている。それに、体験したこともあるものだ。
今日はそういう日。やることが一息ついて、忙中閑。そうなると、やはり力はぬけるというか、セーブされているのだろう。

驚くほど力が出なかった。最低限の最低限を知ってそこまでをやった感じ。もともと午前休にしていて、午後に詰め込み予定としていたので、達成しないことを知っていたかのようにエネルギーが湧いて来なかった。

この極端な波を制御するというのは30年以上取り組んできたけれど、どうもそういうアプローチではだめな気がしてきた。起きるものである、という前提で、被害を最小限にするようにすることのほうが自然な気がする。なんという日本的治癒法とでもいおうか。治癒すらしないというか。

いつかは来る地震とか火山の噴火とかに備えて予防、というよりは、くらったあとの回復をスムーズにするというかね、エコシステムをつくっておくというかね。そんな感じであった。

20代のむかしもそういうことはあった。たいてい、手を抜いても良い、事故になりきらない時を狙っているかのように、からだが、脳が、計画をしている。そういうときは、休みに重なっていれば良いが、そうでないときは定時か、あまりにもだったら早退して、帰ってなにもしない。寝る。大阪時代は、帰らず、一人で飲む。好きな場所で飲む。ま、好みの飲み屋サードプレイスがあればいいけど、東京にはそういう包摂はないから帰ってベランダにいくしかない感じである。

調子にのって話を展開してみる。飲み屋サードプレイスの話。東京では見つけられないように思っている。これは、人口の観点からそう思う。人が多すぎるのだ。関係性を築くのに、接し方のコードももちろんあるが、それよりも、たんに人数が多い。経済システム的であることが背反している。つうわけで、いつまでも関西に住みたいと思っている。横浜はわからない。可能性があるのかもしれないな。

意味もなく、ブログにはエネルギーを注いでいるのはバランスをとっているのかどうなのか。

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