しらべない

<芸術は長く、人生は短い(Ars Longa, vita brevis)>

気候は人間の思考に影響する(だろう)

昨日はフライング新人(イケメン)を迎え、ロジカルシンキング的な講座の事務局スタート。あまちゃんな人にはご存知な種市先輩的な後輩を指導するピエール瀧な自分をイメージした。若いイケメンというのはオジサンにとっても活気づくものなのだろう。張り合いがあるといいね。


と、いうなかで、深夜に帰宅する時に都内はざざぶりであった。歩くのもめんどくさいので、時間がかかってもなるべく歩かないルートで帰った。だが、横着をして家までは遠い駅でおりたところ、結構な雨。ぬかるみ、水たまりを避けても靴から雨水が染みこんでくる。後ろからはケッタがガンガンくる。ビトビトになりながらなんとか帰宅。不快感と疲労で激鬱なきもちになった。タマシイの閉じこもり感があったので、風呂場でシャウトしてしまった。深夜にゴメンナサイ隣人の方々。

深夜にウッチャンのLIFEを見て、ちょっとスッキリとし、朝起きたら雨上がりの晴れやかな空。気候も心地よい。ただ涼しくなっただけだとメロウ感あって物憂げなのであるが、雨上がりは爽快だ。取り乱して御免と思った。雨降って地固まる。よく言ったものだ。

オトナの知恵としては、そんな時、さっさと寝てみたり、内省モードを利用してブンガクするなど、その時なりの過ごし方があるだろう。そうやってうまくメンタルに適応した生活スタイルを編み出したいものだ。経験を活かそう。


どうでもいいもうそうながら、気候と知的生産性はどんな関連があるのだろうと思った。暑すぎると脳みそはたらかないというが、涼しくなってもホルモン的なアンバランスでうつっぽくなるなど、ヒトへの影響もあるんだろうと思ったのだった。寒い中で暖を取るのがいいのか、暑い中クーラーで仕事をすするのが良いのか、個人差はもちろんあるのだろうが、人それぞれというものなのか、傾向はあるのか、なんてことを思った。

そんな昨日のことを書いていたらいぬ氏からの緊急招集のことはむかしのことのようになったがまあいい。いまをいきろいまを。OASISは世界的大ヒットを飛ばした後にBe here nowという思想に行き着いたではないか。セールスはどうでもいい作品であったのだ。

ビィ・ヒア・ナウ

ビィ・ヒア・ナウ

CROSSBEATも休刊したようだし、90年代ロックの系譜なんかをロスジェネは語るのも良いのかもしれん。くねくね。


雨は恵みの雨と捉えるこころの余裕が欲しいものだ。朝にブログ書くと、前向きだな―という気づきがあったが、余裕がなさそうで毎朝出来るとは思えないのだが。
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