読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

しらべない

<芸術は長く、人生は短い(Ars Longa, vita brevis)>

内省ばかりはサルには出来ない(ターボ意味なし)

反省だけならサルでも出来るなら、内省ばかりはサルにはできないのではないかと思ってタイトルにした。それいがいに意味はない(・∀・)

ま、意味づけしてみようか。サル頭には内省は出来ない、ということにしてみよう。

前提

プロフェッショナルには内省が不可欠なようだ。ふーんという感じかもしれないが、D.ショーンという人とかが言っているというのだ。

専門家の知恵―反省的実践家は行為しながら考える

専門家の知恵―反省的実践家は行為しながら考える


内省というのはいったいなんであらうか。反省となにが違うのかね。この際、定義にあたってみよう。
テキトーに検索したのでまずはSEOのすごいコトバンクさん。

デジタル大辞泉の解説
ない‐せい 【内省】

[名](スル)
1 自分の考えや行動などを深くかえりみること。反省。「過去を―する」
2 「内観(ないかん)」に同じ。
内省 とは - コトバンク

なんじゃい。反省がイコール扱いやないけ。


検索したらこんなのも出てきた。

内省とは、現在のパーソナリティーに細い糸で繋がっている「魂と呼ばれている私」と個我の共同作業による自我・個我に対しての適切なる行為、即ち「愛ある自己観察」であるからである
http://kuboakoru.web.fc2.com/2010.06.17.html

はあ。ていねいなことであるな。
どうもリンク先がスピリツアルであった。


じゃあいっそ、コトバンクさんの定義2にあった内観にいくか。
こんどはWebloさんの大辞林から。*1

三省堂 大辞林
ないかん ―くわん 0 【内観】
(名)スル

(1)〔仏〕 精神を集中して自分の心を観ずることによって、自己の内部にある真理や自己の真実の姿を知ろうとする瞑想による修行法。観心(かんじん)。
(2)自己の内面を見つめ、そこにあるものを探求すること。内省。
(3)〔心〕〔introspection〕自分自身の心の動き・状態を自分で観察すること。自己観察。内省。
内観とは - Weblio辞書

ふうむ。ま、だいたいは、自分の内なる声に耳を澄ませよ、燃えよドラゴン”Don't Think,FEEL"ということか。違うけどね。思考しないといけないよね。どうでも良くなってきた。


内省。ただ考えるだけでなく、感じることも必要なのかもしれん。言葉で言うほど簡単ではないような気もするね。でも下手な考え休むに似たり、というし、考え過ぎは良くないのだろうなとも思う。フィードバックくれる他者が必要ということなのだろうね。

真逆の意見きいた

ところで、フィードバック他者ということについて、今日、ナナメ上の上司とほぼ初めての同行したら、電車移動中にこんな話が出た。ゼロ年代初頭からゼロ年代の半ばにかけて、コーチングブームなるものが発生したらしい。俺はそのころピッカピカの社会化1年生であり、広告のコの字から覚え始め、NLP研修でハゲにいびられ、そんな時期だったから、研修業界の様子などしるよしもなかった。


ナナジョ(ナナメ上上司なので略す)によると、コーチングを導入した企業は、しばらくしたら軒並み業績が落ち込んだらしい。どうも依存的になり、自律に反して意思決定力が下がるということのようだった。コーチも受け手もコーチングによって気持よくなるから一次的には高揚して効用あるとからしいんだが、どうも中長期的には、甘えにも似た文化になるとかどうとかって話だった。


正直その因果関係怪しくね?とは思ったのだが、なるほどね、ということも多いに感じた次第だ。まったくの現実性を捨象して考えれば、文化祭的、男祭り的、部活文化的な場があれば意外とコーチングとかなくても似たような感じでいけるかもしれないと思うこともある。ビジネスにつきもののロジックとか根拠とか、手続き的コミュニケーションがあるからそうとばかりも言えないと思うが、お祭り高揚感イケイケドンドンになればそんなネムイこと言ってなくても祝祭で高揚だ。高度成長期がそういうものだったかは知らんし、その頃の精神薄弱ってのもあるんだろとは思うわけなんで知りませんが。

話は4分の1程度でお受け取り下さい。



最近、なんでだろうか支援、コーチング、そのあたりのことに見つけた感があったのが、急速にどうなんやろ感が出てきた気がしている。コーチング文化的なことの価値を否定したのではなく、おそらくはそのものごとに求心的になりすぎる人心がどないやろとか思っているのではないかと思っている。


とりあえず、こまけえことが昔のように考えられなくなった。こまけえことかんがえてるからSwatzみたいにコミュは技術でなく経験とかって考える話になる。いや、Swatz成長してんだろうながんばれとは思うのだが。先輩ともいえない先輩ですまんかった。脱線しまくり。いや、そうでもない。過度な内省は無駄というのは宮台センセの言葉であったし、事実そう思う時もある。コミュは経験という話で言えば、宮台センセのナンパ本の内容がまさにそれだからid:Swatz読むといい。あ、IDこーるしちまった。

宮台真司・愛のキャラバン――恋愛砂漠を生き延びるための、たったひとつの方法

宮台真司・愛のキャラバン――恋愛砂漠を生き延びるための、たったひとつの方法

Kindleで読める。

俺にとってはナンパではないが(ナンパは大阪でしたが)最初の会社の営業で飛び込みまくったりテレアポしまくったりしたことが技術でなく経験ってことだった。営業の熟達とスタッフセクションの熟達は違うんかもしれんね。余談しまくりだけど。「こんなの営業で経験しますよね」って元リクのコが講座の中でいったヒトコトが心に残ってます。

週末でハレバレしてるんでどうでもよい内容を書きまくった。ブログいいですね。


なにかブログに書きたかったけれど、特に思いつかずにいたので、来週から入る新人をどういじめようかと考えていたら妄想拡散した。締めに少し戻すと、どうやら入社3年までくらいのわけえウチは内省もせずに突っ走っててもいいらしいんだが、その後の成長にはそうでもねえんだと。

職場学習論―仕事の学びを科学する

職場学習論―仕事の学びを科学する


中原先生の本にあります。


でもさ、ある意味3年たって考えこむから会社を辞めるんだよね。ってことは、内省文化は離職を促進するという見方も出来るわけだ。ロジカルさのかけらもない推論だけどそんな妄想もしてみたお。おしまい。
http://instagram.com/p/cyokFurRNU/

*1:それにしてもコトバンクだのなんだの、このへんの事業者をよく知らんけどどこなんやろ