しらべない

<芸術は長く、人生は短い(Ars Longa, vita brevis)>

事務局がボランチならじゃあ教え手は?〜事務局アイデンティティ・クライシス

昨日のリハビリブログはなかなかに読んでいただけたようで、サッカーの比喩が良かったのか事務局という仕事自体に共感があったのかようわからんが、オレ自身がたまあに組織とか人の集まりをサッカー的に役割配置するとおもしろいなあと思っているので、今日は思考実験として教授者、教師/講師の役割をサッカーメタファとして考えてみようと思う。


思考実験するにあたり、いろいろガツンとポジションをあててみた。教え手はやっぱり決めてくれるセンターフォワードじゃねえかとか、いやいや、最近では香川の如くセカンドトップってことなんじゃないかとか、やっぱり司令塔たるトップ下なんじゃないの?とか、そもそもがフィールドでなくて監督じゃねとか、まあ定まらない。でも、モダンサッカーの如く、教授者の役割もひとつでなく多様化しているなということは思った。

いわゆる昔ながらの名物教師はセンターフォワードなのかもしれない。ミュラーでもいいし、バティストゥータでもいいけど、まあキャプ翼的に言えば日向くんです。決めてくれる人。エース。教授スタイルはとにかくも決め技があって、その人の教えを聴きたいという伝統芸能/名人芸的な価値というか。なので現代的には減じている気がしますね。名物教授でいえば廣松渉とか見田宗介なのかしら。わかんないけど。ビジネス分野の講師にはそこまでいないタイプかもしんないです。いや、いるんだろうけど、学ぶ内容とスタイルになかなかあわないと思う。


ビジネス的といえば、KBSケースメソッド的には、講師がコンダクターというか、トップ下なんじゃないかなという気がしている。クラスの議論の流れをつかまえて、ゲーム=授業をつくる。その人の色があり、他のプレイヤー=参加者で構成されるんだけど、手綱をもっているのはファシリテートをする講師。だからゲームメイクは講師の力量が大きい。主役は参加者なので、トップ下だけ良くてもダメなわけですが。有機的に結びつかないとね。

ウィングとかサイドバックとかはあんまりイメージがわかなかったけど、ビジネススクールの科目をポジションになぞられるのはあるかもしれない。戦略論はFWで、マーケティングはMFで、財務会計はDFでとか。あれ、キーパーとかどこいった。あとHRとか人的資源管理はどこだ。モダンサッカーのごとく意外と大事とか思われているサイド系か?これイマイチだったかな。

いろいろ妄想は働いていくが、実は昨日のボランチ論、思いつくにインスパイアされたのは、ぼんやりと自分自身と彼の人とを比較したからであった。固有に書くのは面映ゆいのだが、昨日言及した方。中原先生その人である。NAKAHARA-LAB.NET 東京大学 中原淳研究室 - 大人の学びを科学する

個人的に、拝見した時から先生自身がスーパーボランチなんだよなと思っていて、どうしたらボランチたる事務局(オレ)とダブルで機能するのか、ってことをぼんやりと思っていた。し、いまも思っている。別に事務局のように教材を手配してくれるとか、そういうことではなくて、昨日書いたことを総じてハイレベルでしていただけるのである。
企画(先生そのものがハイレベルな企画者かつプロデューサー)、場づくり、場のデザイン(サッカーでいえばゲームメイク行為)、ドライビングなQuestion、いわゆる問いかけ(切り裂くパッサー)、あまり打たないけどwシュートも打てるという。(教授内容はもちろん一級品)

まあ、ほっとくと事務局の存在価値ないw究極いらないわけだ。これがまだ、教え手が我の強いトップ下だったらいいんですよ。役割分担がはっきりしていて、事務局はある種その役割を「プロとして」こなせばいいわけだ。でも、自分よりも領域が重なる部分をハイレベルでこなす人が講師として、いる。そうなると自らの役割を再定義をしないといけないわけだ。このあたりを自分がどう考えているかは進行形だし、いまはまだ熟成されていないのでとっとく。


なんにせよ、ゲームメイク=学びづくりを「中盤以降まで降りてきて」組み立てるスタープレーヤー=講師が出てきたら、黒子的職人的渋めのポジションを全うしようとしていたボランチたる事務局はどうあればいいのか?これはなかなかにシビれるアイデンティティ・クライシスではないかと思う。教えてが、相手に問いかけながら引き出す、ファシリテート型講師というならまだしも、そこからさらにラーニングデザインが出来て、状況を編むことが出来る、プロデューサー的講師が出てきたら、さあさあどうすんのと。

個人的には、そんな存在、先生以外はめったにいないから心配には及ばないかもしれない。ちょうぜつ運動量がいるから、そんなのフツー先生はやらない(やれない)。サッカーでそうやってんのは最近の俊輔とか、ピルロとか、一部スーパープレイヤー的なものです。
まあでも、オトナの学びを社会的に広げようとか、イノベートしましょうって話になると、ラーニングファシリテーターなる酔狂なポジションをとっている自分には、あらたな役割の再定義がいるよなあとそんなことをぼんやりと思ってこの半年近くを過ごしてきたです。まだ道半ばですが。ああ、この時間が内省タイムになりました。このあたり妄想すると面白いです。PS売ったけどウイイレやりたくなってきた。

メタファだらけでなにがなんだかと思ったけど、興味がある人は、ぜひこちらの本をご覧あれ。あとはセミナーなどに出てみて体験してみてください。

知がめぐり、人がつながる場のデザイン―働く大人が学び続ける”ラーニングバー”というしくみ

知がめぐり、人がつながる場のデザイン―働く大人が学び続ける”ラーニングバー”というしくみ

明日からは、また別の激しいのがあります。今度は、プラティニみたいな?クライフみたいな?金井壽宏先生にディレクターをつとめていただくもの。組織開発がテーマ。チーム編成がこれまた、ギャラクティカな感じなんです。またオレ自身、コンテンツもだし、場のデザインもだし、いろいろ新しい学びがあるんじゃないかとドキワクです。先生は南米スタイルかなあ。だとしたらジーコかな。

http://instagram.com/p/ekXJtxLRLe/