しらべない

<芸術は長く、人生は短い(Ars Longa, vita brevis)>

ヒトヤマ超えた

ようやっとヒトヤマ超えたなーという気分になれた。激務、とまでは言えないだろうが、なかなかに大変な時期を過ぎて、少し落ち着ける。そんななんで、明日は久しぶりにゴールデン街だぜ(・∀・)という木曜日。

9月上旬はなんだか無敵ハートな気がして、全てがうまくいくかのような錯覚、幼児的?全能感があったのだった。それが少し、奢りであるなという感じに先週あたりから気づいてきて、揺り戻しで自己肯定感が下がっていた。今日、ひとまず業務上の波の頂点を乗り越えたことで、ちょっと一息である。ヤマだと思っていないところがヤマで、今日なんかは、意外とつるっといけた感じだった。数日前からつるっといけそうな気がしていてこちらは予感があたった。

最近書いている事務局力話でいえば、今回のプログラムも新しい、どちらかというと地味なアビリティが高まる気がしている。そんで、とにかくかんじたことは、俺は鍛えられていたのだなということ。はっきりと自覚した。声、態度、状況を読むチカラ、関わり方…及第点などわからないが、間違いなくプログレスであったなあと思えた。だから、少し自己肯定感戻ってきた気がしている。

そればかりをあまり認めたくないが、たしかに仕事で人は成長する。シリアスになりやすいシチュエーションがあるからではないかなと思う。ストレッチってやつだ。個人的には、仕事に紐付かない場や学び、成長ってことを考えてみたいなと思うが、仕事によってコミュ症を克服してきたり、自信を得たり、サバイブ力高めたり、ってのはあったんで、それも認めてあげないとなって思う。

それにしても、仕事論って永遠の課題なんだなあと思うね。はてブの付き方、記事でも英語学習くらい鉄板だし、誰もが仕事を通じていい感じになりたいって欲望があるのだと思う。脱社畜さんとかでも、職場共同体がクソっていってるだけで、別に働くこと自体は否定していない、のかな。最近そんなに読んでないけど、phaさんとは違うタイプかなと思う。

俺のような仕事を通じてなんか社会適応して過ごしやすくなるってのと、そういうクソい共同体って嫌だ嫌だと別の道を志向するのと、どっちが良いわるいなくて、やりやすいほうとか、場合によってブレンドしながらやれたらいいんだと思う。二項対立がそもそもの問題なんじゃないかなと思っている。仕事で人は成長する。だけど仕事ばかりでは人生は味気ない。だからこその、企業人でない、分人としての成人モデルってことが提示されたらいいなってのが昔からの持論。最近はちょっとそこまで思いいれてなくていつのまにか、いぬじん氏のほうが逆転してその思想になってる気がすんだけどさ。

日記が習慣になってきましたねえ。でも手書き日記が飛んだりしてきた。とにかくも、心を亡くして忙しかったのでしょうねえ。気をつけよう。
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