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しらべない

<芸術は長く、人生は短い(Ars Longa, vita brevis)>

いいひとだとトクをする?ー評価社会考によせて

日常エッセイ

いつのまにか感想グループも人が増えて大所帯になったようだ。俺のほうは30人くらい。ま、別にレスもなにもないグループなんですけどね。成人学習グループ。

で、いぬ氏が書いてたこれ。
色んな、「いいひと」たち。 - 犬だって言いたいことがあるのだ。
正直グループブログを巡回してみるいいやり方ないかなあと思っていて、ここまで拾っていないので、いぬ氏のキュレーターの役割は大きいですなあ。こういうの好きでやってくれる人がいるかいないかでコミュニティなんて成立したりシなかったりするじゃないかと。

そうそう、話は評価社会のことです。
俺は岡田斗司夫氏の本は読んでいない。読んだことがあるのは、ダイエットレコーディングのやつと俺が一番認めている4つのマトリクスで人を類型化したやつである。ブックオフで買っただろうにいまだに捨てていない。もってるのは

いつまでもデブと思うなよ (新潮新書)

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むかし売れたこれと
人生テスト―人を動かす4つの力

人生テスト―人を動かす4つの力


これであります。
岡田斗司夫朝日放送のハイヒールの2人が出る番組のコメンテーターのが面白い。東京来てから見れませんけどね。本は面白いんだけど、なんか手がのびない。フロンとか洗脳社会は読みましたけどね。面白かったけど印象残ってないなあ。という状況なので読まずにコンセプトだけみてものをいう。コンセプトは、カネそのものよりも人からの評価のほうがこれからは価値になるということだったと思いますのでそれで書きます。

書き始めてクネクネしましたので書きなおして、先に結論としては、いいひとでいたいけどどうしてもそうあれない自分がいますねというのと、いいひとよりも、おだやかなひとになりたいなと思った次第でした。無駄にマイナス評価をうけないためにいいひとでいるというのはいいんだけど、コントロール不能な部分=他者からの評価ってことにとらわれたら精神的疲弊あるんだよなあ先々週くらいずっとそうだったなあという思い出があります。


まったくストレートの球を投げられる感じじゃないくらい議論として集中できないのだが、なんというか、自分を生きることに集中したいのです。もともと「いいひと」を無理してやっているモードの人は、いいひとであらねばというひとりまなざし地獄の中のダンスとか踊って、がまんしてても、ノルウェイの森のおねえさん(レイコさんだったけか)みたいに途中でボンッってなるのですよ人はきっと。俺はしばしばなっています。


ブログを書く行為というのは、もちろん人に読んでもらいたかったり、ウケを狙いたかったりするのだけど(にんげんだもの)、すごい身も蓋もなく言えば、めちゃウケたいというよりも、日々のちいさな気づきとか気持ちとかを自分だけの手書き日記より大きく、パブリックに出してみてひとがふうん、まあおもしろいね、というレベルで思ってくれたらいいなということで、主体は自分のマインドのカタルシスである。感想は別になくても、少ないPVブログですがPVとかスターの増減で、ああこの話は良かったのかしら、それとも時間帯だけかしらみたいなことを考えながら好き勝手書いているいまはなかなか悪くない。ま、FBですが悪口が聞こえてきて以降は、あまり自虐とか他責的なものは書こうという抑制が働いてきたのですけれど。


途中からブログ論になったが…リアルでは仕事が円滑に進むようにかつ小心者なので正面から怒りを買うなんてことはせずに「いいひと」的にいるし、ネットでは、露悪的にはならなくても、「いいひと」では必ずしもなく、すなおに感情を出せることを望んでおります。個人的に、このナラティブ〜語りを外化する効果をきちんとオトナの日常に組み込めたらいいなという思いで、このことは仕事なりこれから数年のテーマになることでありますので、テキトーに書きつつも最近ちまちまとアップしているのはそういう準備体操というか、慣れというか、なんというかの道楽です。いちおう対話とか社会構成とかゲシュタルトとか実存とかの理論的背景はありますがそんなことは別にとりあえずよくて、自分を取り戻すためには書くこと語ることが必要なんだよ自分語りが!というだけの信念はあります。

むりやりなんか書いてみたかったから書いたけどそんなに興味がない話題に無理にのっかってはいけないねということでした。ゴメンナサイ。なんか毎日書ける自分ならではのネタが欲しいなあと思いつつ、さぐりながらやっていきたいと思いますです。