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しらべない

<芸術は長く、人生は短い(Ars Longa, vita brevis)>

集中力に自信を取り戻せた日

日常エッセイ

いろいろ用事が重なりふだん内勤職ながらに外訪する日にした。久しぶりにヒルズいったり港区界隈をさまよったりした。昨日の夜、id:inujin氏に、さいきんなんかもやっとするわー読書会(オンライン)でもやる?みたいなことを言って、勝手に火がついたようで、東浩紀本、宇野常寛本などをたてつづけに読み、それに飽きたらず、調子にのって、夕方から私設図書館みたいなところで読書ばかりした日。

やらなきゃ感のある読書(英語やるとかね)じゃなくて、もう、手当たり次第読むぞってなもんで、雑誌とか書籍とか7冊くらいもってきて、ばーっとむさぼり読んだ。ご飯も食べていたので、アメとガム程度を口にしながら読み続けること5時間、ほとんど休憩なしで読みふける行為を通じて、なんだか少し自信を取り戻せた気がした。

もともと本を読むのが目的みたいな学部と仕事みたいな会社に居て、習慣にはなっているほうだと思うんだけど、どうも読書って面白くないなあみたいに思ってきていた。仕事で読むマネジメントの本とか、方法論の本とか、辟易とする時あるんだけど、いまはそういうピークみたいでのめり込むことが出来なかった。でも、今日は勉強はしないで娯楽で後ろめたいとも思わないで、ただ読もう、という感じで、ダイヤモンドとかAERAみたいなカッコワラ雑誌系から、ソフトバンクの企業内情本、社会科学系の本、エッセイみたいな本、物語みたいな本、と手当たり次第に読んだ。

内容を咀嚼してどうのみたいなことも思わず、活かしてこその読書、それがビジネスパーソンです(アホ)みたいなことも思わずに、ただただ読んだ。内容でいいもの読んだ、っていう感覚よりも、ああ、まだ俺には物事に「ハマる」力があったんだ、というのが一番の自己効力感だった。

結局のところ、問題意識ってそりゃ大事なんだろうけど、そういう「ざ・プロフェッショナル」みたいな人のマインドに染まりきれないんだったら、ただただ水を飲むような読書(梅田)みたいなやり方でやったらええんやないのと思った。

俺はどこまでいっても実存仮託的にしか読めないんだなと思った。教科書じゃねーんだからと。
それは、久しぶりに人文書籍というのか、サブカルチャーというのか、東、宇野本を読んで感じたことであった。ライトなんだけど、たんなる未来予想じゃなくて、青臭い理想とか、未来を想像するとか、そういうことが求められていると思った。仕事って、機械化してパーツ化することじゃないのだと。歯車でもいいけどさ、歯車としてきちんと機能するにも人間には理想という潤滑油がいるのであらう。

検索ワードを探す旅、というテーマで書かれたこの本は、手当たり次第の読書とかでも少し代替できるのかもしれないと思った。

余談。

この本は推薦本だけでなくdisりもあってそういう意味で面白かった。No.1と言われている広告クリエイターの本を取り上げておいてdis。なかなかだ。この方の感覚が万人に合うかはわからないけど、タコツボドグマを相対視するのに良いかもと思った。王様は裸。