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しらべない

<芸術は長く、人生は短い(Ars Longa, vita brevis)>

河合隼雄と村上春樹の出会い

最近読んだ本でとても面白い相互記述に出会ったので記しておく。以下の2冊の記載が対照的で面白かった。

職業としての小説家 (Switch library)

職業としての小説家 (Switch library)

このふたりは、うまがあったということで、対談本もあるくらいなのだが、最初に出会った時の印象が面白いくらい対照的なのだ。およそ邂逅とは言い難いような。

ふたりの出会いはプリンストンプリンストン大学への所属については、時期は微妙に食い違うが、後に研究員としてきていた河合隼雄から会いましょうといったらしい。ほんとかどうか、このあたりどういった経緯で会ったのかはよくわからなかったが、まあプリンストン大学にて最初にあったと。この時期、河合隼雄源氏物語を2ヶ月間ひたすら読み込み、春樹はねじまき鳥クロニクルを書いていた時期。

河合隼雄からみた春樹は、「はじめてあった時僕を見ておられないのです。目が向こうのほう、もっともっと遠いところを見ておられるのです。もう創作モードに入っている人だから変なことは言うてはいかん、と対談するのにものすごく心を使いました」というもの。

が、いっぽうで春樹からみた河合隼雄はこんな感じであった。「初対面の印象は、ずいぶん無口で暗い感じの人だな」というものでした。いちばんびっくりしたのは、その目でした。目が据わっているというか、なんとなくどろんとしているんです。奥が見えない。これは、言い方が悪いかもしれません、尋常な人の目じゃないと僕は感じました。何かしら重い、含みのある目です。」

お互いが相手に対して尋常ならざるものをみてとっていて、それぞれの言い分がいささかエクストリームなかんじ。ちょっとわからないのは、この翌日にもふたりは会っていて、春樹によると、翌日には河合隼雄は快活なおじさんになったということらしい。創作モードの春樹に対して距離感を掴んでチューニングしたということなのか。

どちらも「物語」を介して、人間の深層意識へと手探りで立ち向かうのが生業であって、そういう人らはやはり独特な存在なのかなあと、お互いの観察から感じた。そんなふたりが、語らう中で他にない存在として認め合っていくというのはこれまたドラマティックな感じがする。
そのへんの語りはこの本で。いまではいささかナイーブな村上春樹の語りが記載されている。

ここで大きなテーマになっている、アメリカ帰りの春樹の日本社会へのコミットメントとは、いまではどんなであるのかなあと考えるが、マイペースで大きく変わってはいないようにも見えるし、壁の卵スピーチのように、ある種過激になっているのかもしれない。

村上春樹、河合隼雄に会いにいく (新潮文庫)

村上春樹、河合隼雄に会いにいく (新潮文庫)

いままた回帰して読み直しているなかで、興味をひいたので書いてみた。